芸能人もスポーツも創価だらけじゃ見る気もしない!
創価学会「スポーツ部結成」今度はアスリートが「広告塔」か
創価学会芸術部には、久本雅美や山本リンダなど、学会の広告塔タレントが多数所属する。にもかかわらず学会は先月初め、新たにスポーツ部を結成。大々的に宣伝し始めた。芸能人だけでなく、アスリートも広告塔にするの? 週刊新潮 10月15日号(10月8日発売)(P55-56)より参照のため引用。写真は同記事より参照のため引用
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創価学会による「メディア篭絡」について
「創価学会(公明党)」に関する事項について、時折、誌面記事を引用する場合がある。その事由は簡潔明朗で、1つは、新聞紙面が報じないためだ。いわゆる、創価学会からの代行印刷、広告の発注による利害関係のためか、新聞は創価学会に関した事件や社会問題については、口を噤(つぐ)んだかのように書かない。こうした「利害」による報道の篭絡は、創価学会が得意とするところであり、山田直樹氏らが「創価学会のメディア戦略」と分析、指摘する手法がここにある。
もう1つの事由は、新聞、およびメディアに潜入している創価学会信者の動向は、新聞紙面からはまったく読み取れないからだ。各界に信者を送り込み、日常的に、日本社会へ創価学会を浸透させる。また、ここぞ、という時に各界の信者を連携させて、池田大作の“保護”に当たらせる。そうした日本社会に対する工作活動を基点とした「総体革命(そうたいかくめい)」と称する、果て無き動きが、しかし、一部の誌面報道からは、かろうじて察知できるためだ。
また、誌面記事の引用について、少々申し述べておきたいことがある。一部の誌面記事を引用することはあっても、それをヒントに、あるいは、参考にしつつ、自らの声で論考し、みなさまに報告している。瑣末ではあるけれども、これが小ブログの揺るがぬスタンスである。単に記事を貼り付けて、賛成の人はクリックしてください(要旨)、等と読者に求めるようなことは、ブログを初めて以来、一度たりとも経験したことがない。文章下手は下手なりに、あるいは、間違う時があったとしても、常に、自らの声で記事を書かせていただいている。
瑣末は瑣末なりに胸を張れる点がここにある。およばない論考ばかりで恐縮だが、学生の頃、鬼のような恩師から怒鳴られ、また、怒鳴られながら身につけたこのスタンスは、これからも不変である。エントリーの報告に際し、ご理解をいただければ幸いである。
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新聞の創価「全面広告」
この10月7日付の各紙は、創価学会の書籍の全面広告で賑わった。上記を証明する1つと謂えよう。同日付の創価学会の機関誌・聖教新聞(8面)掲載の全面広告とまったく同じものが、朝日新聞(11面)、毎日新聞(4面)、読売新聞(5面)に掲載されている。
ちなみに、産経新聞には同広告の掲載は無かった。この点では、グッドジョブと謂えるのかもしれない。全面広告は、新聞社にとって大きな収入になる。広告料収入の方が、いわゆる「購読料」総計より上回る。これが新聞界に指摘される傾向であり、実は、不買よりも、この広告収入や、代行印刷の「ビジネス」の断絶を新聞社は恐れているのである。この構造的な体質を変えない限り、新聞は、批判の対象にこそなれども、良識の眼からは取り残されて行くであろう
広告塔を広げる創価学会
以上、余談になったが、表題の「スポーツ部」の新設は、いわゆる「広告塔」を、選挙活動における投票依頼や布教活動の時の「話題」の幅を広げるためであろうことは推察に難くない。政治ブログとして特に指摘すべき点は、先ず、この異様なまでの「選挙活動」にある。いわば、名を馳せたアスリートであっても「創価学会の信者」であり、投票依頼の話題に用いるとすれば、直接、間接的な違いはあったとしても、アスリート(信者)を選挙活動に動員しているに等しい。
こう書けば、「政治ブログなのにスポーツ選手を攻撃する、汚い」(要旨)の投げ言葉がよく飛んで来る。どのような人々かは推察に難しくないが、筆者が指摘しているのは、「広告塔」を、斯様な手段に使う創価学会の体質とそのおぞましい手法である。これ以上、日本にあってはならない病理に違いない。
フジテレビと日本テレビの番組に「創価大学CM登場」
と「総選挙」のタイミング(以上、週刊ポスト紙のキャプション)
【創価学会によるメディア篭絡の一例】 何らかの資料になれば、と近隣の有志方が新聞受けに入れてくれた「週刊ポスト」(10月24日号)(P37)に、創価学会によるメディア篭絡の事例とおぼしき誌面記事があったので、ご存知の方も少なくないこととは思うが、小稿に紹介させていただく。博士の独り言/写真は週刊ポストの同記事より参照のため引用
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創価学会によるメディア「篭絡」
週刊誌といえば、時折、新潮、文春の両誌を手にする程度だが、事情により、最近は購入しなくなった。興味深い記事がある、何らかの資料に、と近隣の有志が、時折、新聞受けに入れておいてくれる中から、それこそ、何らかの「資料」と出来そうな記事を拾っている次第である。表題記事もその1つだ。以前から、数人の読者のみなさまから、創価大学のCMがフジテレビ、日テレで流れ始めた。いよいよ、テレビも怪しいのではないか、との情報をいただいていたため、表題に引用する記事が、「あ、これか」と目に留まった次第である、感謝する。同記事では、主に、フジテレビのケースをあつかっているが、同局の報道番組「LIVE2008 ニュース&すぽると!」(10月4日)で放映されたことをクローズアップしている。
そのCM放映が、当初は、新総理就任直後に「衆議院解散」が有る、と目(もく)されていた10月3日の翌日に当たる。すなわち、いよいよ、総選挙に入ろうかとしている時期をあらかじめ想定して、同CMを投入したのではないか、と誌面は指摘している。では、そのような手法が、創価学会にとってどのようなメリットになるのか、といえば、聡明な読者にはすでにお気づきのことと思う。創価学会がテレビの報道番組の「スポンサー」になることによって、何らかの「創価がらみ」の事件や不祥事が表沙汰になったとしても、テレビ局の側からすれば、「報道し難(にく)くなる」からである。そうでなくとも、選挙期間中に、創価学会(公明党)に関する不利な報道はさせない、とする意図がそこに在る。
先稿でも度々触れて来たことだが、新聞業界の大部分を代行印刷と広告出稿で篭絡し、創価学会や公明党には不都合な記事を報じ難くする。あるいは、報道させない。その図式と共通している。表題は、テレビの報道番組の場合だが、創価学会は、こうした情報篭絡に資するシフトについて、相応に早い段階からセットアップしていたために、古賀氏らを通じた「解散」情報をメディアに布いていた様子が判る。あからさまな事例としてファイルできよう。
もう1つのメディア「篭絡」
先稿でも申し述べたことだが、創価学会によるメディア「篭絡」を洞察する上で、筆者のように性格の悪い者には、看過でき得ないもう1つの事柄がある。それは、いわゆる、「人」である。メディアに1人でも多くの信者を送り込み、内側から篭絡する手法がある。一般の読者、視聴者に当たるみなさまは、そのこと意識しておかれるとよい。メディアへの信者の「送り込み」についても、いわば、池田大作の「総体革命(そうたいかくめい)」のコンセプトの一環、と認識すれば、事の次第が判りやすくなる。
この「総体革命」とは、池田大作が日本支配に向けた妄想だが、良識の反駁(はんばく)に遭い、脱会者は絶えず、衰亡への道をたどりつつある現在も、未だに諦めていないようだ。いわゆる、日本社会のあらゆる分野に人材(創価学会員)を送り込み、日本支配の欲望を達成しようとする「構想」である。経済面では、学会系企業(または潤沢〈じゅんたく〉な学会系資本)による財界の支配を目論む。行政、司法、マスコミ、教育、芸能の各界にも信者を送り込み潜伏させ、同胞や池田信奉者を増やす。池田大作の思いのままに動く体勢を作ろうとするものだ。とりわけ、上述の新聞界や放送業界に対しても、外務省などのケースと同様に、数多くの信者を送り込んでいる。
これは、創価学会にとって「いざ」という時になれば、潜伏信者を連携させ、“池田先生を守るため”に組織的に機能させるためである。先年の国政選挙の折りに、フジサンケイグループからカミングアウトし、公明党から出馬・当選を果たした沢雄二氏という人物がいる。それまでは、一般のほとんどが、同人物が創価学会信者であることを知らなかった。その事例が耳新しい。同業界や、ジャーナリズムの一角には、こうした隠れ信者が少なからず存在している。これらの存在について、創価学会の日常活動から離れているため、それほど洗脳されていないのではないか、との指摘はある。
だが、上述のカミングアウトした人物の事例を観るまでもなく、筋金入りの人物は多い。だからこそ、「潜伏」に耐え得るのであろう。いわば、これらが、メディアの内側から、たとえば、上述のような篭絡のための門戸を開き、一方では、創価学会にマイナスになることは報道させない、ために機能している、と認識して差し支えない。ジャーナリズムの中にも、同様の存在がいる。こうした「人(隠れ信者)を送り込む」手法は、中国共産党による対日工作や、北朝鮮による諜報工作活動ともよく似ており、また、創価学会が「革命」と称している点に、筆者は重大な関心を抱いている1人である。
博士の独り言より引用
銀座には年に2回中古カメラ市で足を運ぶ、2月の「松屋」7月の「松坂屋」
である。
お目当てのものをもってウキウキ気分で歩くと、銀座4丁目の交差点の
大画面ビジョンから「創価学会!」と画像が流れ音声を聞くと気分が
吹き飛ぶ。
新聞(自宅は東京新聞を購読)を開きニュースを読もうとすると「創価学会」
「聖教新聞」の全面広告、「いつから東京新聞は聖教新聞になったのか?」
思う。
親戚はこの広告に腹が立って東京新聞に抗議の電話をした!
東京新聞は「安い購読料を維持するため、広告の基準を下げざるおえない
」の回答・・・
テレビを見ても「こいつは創価タレントだから歌が腐っている」。
スポーツを見ても「こいつは創価の信者の選手だから、応援する気が
しない」と気分が悪い、だからテレビを破壊して見られなくしている。
別に今のはやりものを知らなくても生きていけるし、テレビドラマの話が
出ても「俺テレビ嫌いだから見てない」で済んでいる。
無理矢理「地上デジタル」にしようとする、電機業界、政府、テレビ局の
利権を知るとテレビなど見る気もしない。
その点カメラはデジタルが発達してもきちんとフィルムは残っているし
現像もやってくれる。
近所の看護学校のお祭りに行ったが、若い看護学生がAE-1を見て
「やはり写真はフィルムに限る!味があってイイ!」の一言である。
人の命を守る看護士さんの卵は、やはり物の大切さを知ってる。
地デジなど見なくていい!
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コメント
新聞は「記事」で勝負、商売してたんでないのですか。新聞社て名前はバランス悪いですね。広告売り、広告配達屋でしたか。スピリッツ、プライド、立て直す気あるのでしょうか。
投稿: マコーミック氏 | 2009年4月21日 (火) 16時25分